クラシックを飽きずに親しむコツ
好奇心が何より
どんな音楽かわかり、きらっていた原因がわかったら、いよいよ攻略法である。クラシッ
クを好きになり、のめり込んで趣味にする。それにはどうしたらよいか。その手順と方法を
具体的にご紹介してみよう。
第二章にも述べたが、ともかく膨大いろいろな曲が入り混じって存在しているのが、
クラシックである。聴くにしろ覚えるにしろ、やみくもにぶつかっていったのでは飽きてし
まい、すばらしさを知る前に挫折してしまうこともあり得る。というわけで、まずはちょっ
としたコツ「こんなことを知った上で聴き始めると、飽きずに入っていける」「こんな
ことを心がけると、たちまちのめり込める」という基本をお知らせしておこう。といって
も、格別難しいことではなく、どんな趣味にも応用できる日常の姿勢といったものである。
その一つは、何よりも好奇心をふくらませることである。これから親しもうとするクラシックつて、どんな音楽なのだろう?作曲者は、どんな人だったのだろう?他の音楽
と、どこが違うのだろう?いろいろあるようだが、全体はどうなっているのだろう?
などと、知りたがること。あたかも恋をした時のように、である。
たくさん聴くことが基本
ものごとは、たくさんふれあってこそ好きになるものである。音楽の場合は、たくさん聴
くこと。これが親しくなる基本である。たくさんとはどのくらいか、といえば、規準はない
が大ざっぱに、作曲家一人、作品一、曲ぐらいとしておこうか。そのくらい覚え
たら、もう立派なクラシック通大曲で辛かったら、小曲でもよい。まずはそのくらいを
目標に、どんな風に聴いていくか考えてみるとよいのではなかろうか。
もっとも、「ある時期集中的に聴いて、その後は聴かない」というのは、ダメである。「長
く付き合う」というのが、条件である。少なくとも趣味にしようというのであるから、やめ
てしまったら、ひとときの娯楽。そうしないためには、じっくりと作戦を立て、どんな曲
を、どんなペースで聴いていくか、簡単なスケジュールを組んでみてもよいかもしれない。
決して嫌にならないような、楽しんで続けられるような。
スケジュールを考える際にはまた、第二章「クラシック音楽の概略」も、ぜひ思い出していただこう。やみくもに、曲を選ぶというのではなく、長い将来を考えてある程度
バランスよく、交響曲も聴けば協奏曲も聴いた、あるいは古典派もロマン派も近代も、代表
曲はひと通り聴いたといえるような選曲。要するに何年か何十年か続けたときに、「ク
ラシックの世界って、こんな風になっているのか」と納得できるような、全体を見わたした
スケジュールである。
「聴く前から、そんな面倒なことはできない」という人は、とりあえず聴いてみようと思う
曲が、ピアノ曲なのか、交響曲なのか、ジャンルを覚えるだけでもよいだろう。その場合に
も、ともかくクラシックは多彩だということだけは承知しておく。要するに全体を頭に
入れておくと、時に肌に合わない曲にぶつかっても、そこで挫折せず、臨機応変に曲を替
え、先へ向って聴いていくことができるからである。
近づいて想像すること
「曲目を広げることよりも、音楽そのものに飽きずにいられる方法―つまり聴き慣れない
クラシックになじむ方法を教えてよ~」という人が、いるかもしれない。そう、これこそ
が、初めて聴こうとする人には重要である。
それには、あれこれの知識に惑わされることなく、自分勝手でもいい。「曲に近づいて、あれこれと想像する」ことをお勧めしたいと思う。一見、わけのわからない耳障りのある曲
も、考えてみれば一人の作曲家が一生懸命に知恵をしぼって考え出したもの。その姿を思い
浮かべると、同じ人間としていろいろな言い分が生まれてくるものである。「なぜ、そんな
メロディーを思いついたの?」「何を考えて、こうなったの?」「僕には、とてもなじみ難い
んだけどね」-と、相手が友人のつもりで、想像の会話を交わしてもいいし、「これは、
恋でもしているときに作曲したのではないだろうか?」「こんな退屈な曲をいいと思ってい
るとしたら、大した作曲家じゃないな」-などと、勝手な想像をめぐらしてもいい。
要するに、自分も作曲家になったつもりで作品・作曲者たちを眺めてみるのである。そし
て聴き終わったら「何か、ひと言を」と求められているつもりになって聴いてみる。する
と、一曲一曲が似ているようでそうでなく、好みに合う曲もいろいろあることに、自然と気
がつくようになるのである。
習慣化して聴く
習うより慣れろという言葉がある通り、「習慣的に聴く」のも、クラシックに親しむいい方法である。例えば、一日に三分とか、寝る前にCDを一枚、食事やくつろぎの背景
には何らかのクラシック曲を流すというような試みを実行してみるのである。
最初は「何も感じない」「煩わしい」「うるさい」と感じても、ときにはふと「いいな
あ」と思うことが必ずある。あるいは曲を替えて「こんなムードも悪くない」と思うこと
が、案外あるものである。そしてそれをきっかけにちょっとでも興味を持ったなら、似たよ
うな時間や雰囲気を今度は自分から作ってみる。ちょっとだけ積極的になってみるのであ
る。異和感などはたちまちに消え、クラシックはにわかに親しみをもって近づいてくる。
こんなことは、クラシックファンにとっては日常茶飯事かくいう私などは毎日一時
間以上、空気のように耳から吸ったり吐いたりしている。異和感どころか、これ無くして
は、それこそ生きていけないほどである。まさに習慣化のなせるわざ、といってよい。
仲間とともに
どんな趣味も、「だれかの影響で」とか「だれかから、きっかけを与えられた」と
とが多いものである。その意味で、「同好の志」とか「仲間」というのは重要である。クラシックの場合には、音楽の抽象性や多彩さから、仲間といっても必らずしも感じ方や
意見が一致するわけではないが、しかし知らなかった情報や知識、いろいろな聴き方があることを教えてくれる点で、仲間は大いにつくったほうがいい。身近にクラシック好きがいた
ら、できるだけ友だちになるのも、クラシックと親しむコツといってよいだろう。
例えば音楽雑誌の投稿欄とか通信欄、新聞・雑誌の各種同好会の案内などをみるとよい。
友だちをつくる機会がいかに多いか、びっくりすると同時にうれしくなるであろうし、『日
本モーツァルト協会』『日本ショパン協会』のような、本格的な活動を展開している会もあ
ると知れば、これから親しむのに大いに勇気づけられるのではなかろうか。
気に入った曲はメモする
さて、いよいよ聴き始めたとしよう。気に入った曲が見つかったらぜひ「メモすること」
をお勧めする。最低、曲名と作曲者名ぐらい。なお、余裕があれば演奏者や聴いた年月日、
ひと言の感想など。できれば、専用のノートなどに記しておくと、後にいろいろに利用でき
て都合がいい。
というのも、相手が瞬間瞬間に消えてしまう音の芸術だからである。そのときには感激
し、いいなあと思っても、私たちの毎日は忙しい。ちょっと別のことに気をとられれば、た
ちまちに印象をうすくし、忘れてしまう。同じ音は、二度と戻ってこないからである。
メモの効用は、いろいろある。あれこれと記録することによって、その曲の印象を強く頭に刻むと同時に、継続すればそれ自体が音楽体験の貴重な歴史にもなる。何年、何十年と
たったときに、「こんなにたくさんの音楽と付き合ってきたのだ」とふり返ることもできる
し、メモが励みになって「もっと聴こう」と意欲がわくこともある。さらにまた、メモする
だけではもの足りない。いっそのことCDも集めてやろうと、音源そのもののコレク
ションへ発展することも考えられる。そうなったらもう、クラシックは1パーセント、
その人の心に定着である。
レパートリーを整理する
好奇心をもち、習慣的に聴いてメモもした。異和感はなくなり、ようやくクラシックにも
慣れてきたという段階に達したら、次にはそのメモをちょっと眺めてみるとよいと思
う。「ずいぶん聴いたな」という感慨とともに、いろいろなことに気がつく筈である。例え
ば「どうもピアノ曲が多いな」とか、「歌もの(声楽曲)は全然聴いていなかった」。あるい
は「モーツァルトばかりだ」とか「気がつかなかったが、交響曲が好きなのかもしれな
い」-といった好みや傾向について、である。
それとも、曲数だけは多いがよくわからないという人は、第二章のジャンルなどを手がか
りに、あらためてメモした曲を分類してみるとよいだろう。聴いたり覚えたりした曲(レ
パートリー)には、必ず自分の好みが表れているもの。それを知って、クラシックのおもし
ろさや幅広さをあらためて実感することができるだろう。
方向を定める
好みや傾向がわかったら、次にはどうするか。ここからは無差別でなく、意志をもって聴
く曲を選ぶ、方向を定めて聴いていくのが、おもしろいのではなかろうか。
例えば「ピアノ曲が多かった。それが好みらしい」と気づいたのなら、「よし、もう少し
徹底して、ピアノ曲に詳しくなってやろう」とのめり込むのもいいし、「ピアノ曲はこの
くらいにして、今度はヴァイオリン曲を聴いてみよう」でもいい。あるいは「交響曲や協奏
曲、室内楽曲…など、各ジヤッルの名曲をひと通り聴いてみよう」「バロック、古典派、
ロマン派…など、時代別に代表曲を聴いてやろう」「モーツァルトが好きだから、彼のす
べてを聴こう」「いや、他人の知らない珍曲ばかりを追いかけてみよう」でも、いいだろ
う。要は成りゆきでない、はっきりとした方向をもった聴き方、付き合い方-ここまでく
ると、もはやクラシック通あとは蓄積だけが、豊かな趣味へと導いてくれるだろう。